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【心療内科/精神科名著紹介】 『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」 #11

今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の11回目です。

 

 

(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

P32 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー 九日目

 

〔註:エリーの発言〕「・・・(前略)私は今ではR先生の妻です、Rは私の夫なんです。彼はとうとう私と結婚したんです。(後略)・・・」

 

 

残念ながらエリーの発言は事実ではないようですが、このような言動を「恋愛妄想」といいます。

今回は、妄想 delusion について解説していきます。

 

「妄」は、”でたらめ””みだら””みだりに””誤った”と意味があり、仏教語の「もうぞう」が由来だったようです。

妄想は、一般用語としては、「根拠もなくあれこれと想像すること。また、その想像。」(Goo 辞書 より)を指し、特に精神医学上の用語としては「根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念。」(Goo 辞書 より)とあります。

精神科を勉強する際に必ず一度は目にする代表的な教科書の「現代臨床精神医学」(大熊 輝雄著 金原出版株式会社 改訂第11版 2008年、P92)によると、

 

 1)病的につくられた誤った(不合理な、あるいは実際にありえない)

   思考内容あるいは判断で、

 2)根拠が薄弱なのに強く確信され、

 3)論理的に説得しても訂正不能なもの   

 

とあります。

 

妄想は、一次妄想 primary delusion と 二次妄想 secondary delusion に分けられます。

一次妄想は、「直接的・自生的に発生するもので、心理学的にはそれ以上さかのぼりえず、その発生を了解することができないもの」(P62 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)とあり、真正妄想とも呼ばれます。

「了解」は、カール・ヤスパース(独: Karl Theodor Jaspers)の提唱に由来します。

ヤスパースは、近代精神医学の基礎を作り上げた偉大な精神科医の一人ですが、ヤスパースは人の陳述を「了解可能」または「了解不能」に識別することで、正常と異常を見分けようとしました。

この考え方は、今でも精神医学の根幹となっています。

「了解可能」とは、ある人の陳述を聞いて「当然そうだな」「自分も同じ立場なら、そう思うな」と”理解できる”と思えることを意味します。

逆に、「了解不能」とは、「なぜそう思うのだろう」「なかなか共感しがたいな」と感じ、”理解できない”と思うことを指します。

よって、改めてですが、一次妄想とは「了解不能」のものを指すわけです。

一方で二次妄想とは、妄想様観念とも呼ばれ、「患者の異常体験、感情変調、人格特徴、状況などから妄想の発生や内容が心理学的に了解可能なもの」(P92 現代臨床精神医学 改訂第11版 金原出版株式会社 より)です。

つまり、ある精神症状が種としてあって、それに派生する形で生じる妄想を指します。

 

妄想には様々な種類がありますが、大きくは被害妄想、微小妄想、誇大妄想があります。

今回は被害妄想について取り上げます。

 

 

1.被害妄想

「自分が被害を受けている」という内容の妄想です。

統合失調症をはじめ、多くの精神障害でみられる妄想です。

 

1-1.関係妄想

「とくに意味や意図のない日常的な出来事や人の仕草などを、自分に結び付けて確信する妄想」(P172 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)です。

例えば、街中ですれ違った人が何か話していたときに、「自分の悪口を言っているに違いない」と思うものです。

ある程度訂正可能なレベルのものは、関係念慮といいます。

エリーにみられる恋愛妄想は、関係妄想の一種です(後日取り上げる誇大妄想の一種と考えることも可能です)。

 

1-2.注察妄想

「周囲の人からあるいは公共の場で自分が特別な仕方でみられ、注目され、観察され、監視されている」(P708 現代精神医学事典 第1版 弘文堂 より)と確信するものです。

多い訴えとしては、「盗聴器が仕掛けられている」「監視カメラで見られている」などです。

なお、制服や奇抜な服装などで”自然に”周囲から注目されている感じを覚えるのは、「制服の感じ」と呼ばれ、注察妄想とは区別されます。

 

1-3.迫害妄想

「他人や組織から狙われている」という妄想です。

「CIAから狙われている」などと、非現実的な訴えとしてみられますが、最近は統合失調症の軽症化とともに、ここまでの”突拍子もない”妄想は滅多にみられなくなりました。

 

1-4.被毒妄想

「毒を盛られている」という妄想です。

これも最近はあまり見られないように思います。

(なお、以前のコラムでも取り上げております。)

 

1-5.追跡妄想

「後をつけられている」という妄想です。

典型的には、「公安に尾行されている」などです。

これが、例えば女性が「ストーカーが後をつけている」といった内容だと、真実の可能性もあるので、妄想かどうかは判断がかなり難しくなります。

 

1-6.嫉妬妄想

「自分のパートナーが、浮気している」という妄想です。

 

1-7.物理的被害妄想

「電波で攻撃を受けている、操られている」といった妄想です。

 

1-8.憑依妄想

「自分に霊がとりついている」という妄想です。

被害性を帯びて、「霊によって操られている」というニュアンスになることが多いです。

 

1-9.好訴妄想

些細なトラブルでも執拗に裁判に訴えようとする妄想です。

複数の裁判を抱え、裁判費用を捻出できない家計の状況でも、さらに新たな裁判を起こそうとします。

 

 

いずれの妄想も、その背景に思いを馳せることが大切です。

エリーがなぜ恋愛妄想を抱くに至ったのでしょうか。

たんに「R先生を好きになったから・・・」というのもあるかもしれませんが、それだけですとどうも表面的なようです。

実はエリーは、「青春時代の報いられなかった恋愛」(P28)、特に「年若い恋人の死」(P28)を経験していたのです。

 

「毎年一月になれば〔その恋人の死んだ月〕すべては同じことをくり返します。そして私は長い長い間、悲しみにくれていなければならないのです。」(P28)

 

この想いが、彼女の妄想を生じさせたのではないでしょうか。

そう思うと、遠く時代も距離も離れた私の中にも悲しみが生じるのを禁じ得ません。

 

 

(次回に続きます)