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【心療内科/精神科名著紹介】 『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」 #10

今回は、『精神病者の魂への道』(シュヴィング著)に見る「こころ」の10回目です。

 

 

(引用元は G.シュヴィング著 小川信男・船渡川佐知子共訳 (1966) 精神病者の魂への道 みすず書房 です。)

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

P29 「関係性はいかにして確立されるか」 より

 

症例 エリー

 

病人は拘束衣をつけ監禁ベッドの中にいた。ちょっと途切れると、瞬間瞬間が混乱したおしゃべりに逸れてしまうのだったが、しかし私はいつも即座に彼女をひき戻し得た。

 

 

#8でも触れましたが、今回は思路障害について改めて取り上げ、もう少し深く掘り下げたいと思います。

思考(thinking)とは、「考えや思いを巡らせる行動であり、結論を導き出すなど何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動である」とされています(Wikipedia 「思考」 の項目より)。

「思路(flow of thought, traion of thought)」とは、まさにこの「過程」を意味します。

 

思考の異常は、まず大きく2つに分かれます。

思考形式の異常と思考内容の異常です。

思路障害は、前者に含まれます。

ちなみに、前者には思路障害以外に思考の体験様式の異常というのもあります(これは、いずれ別項で取り上げられればと思います)。

 

思路障害にはいくつかありますが、代表的なものとして、うつ病でみられやすい「思考制止(思考抑制)」、躁うつ病でみられやすい「観念奔逸」、統合失調症でみられやすい「連合弛緩」「滅裂思考」「思考途絶」、認知症でみられやすい「保続」「迂遠」(「迂遠」はてんかんでもみられやすいです)などがあります。

 

 

・思考制止(思考抑制) inhibition of thinking

うつ病の代表的な症状の1つです。

思考が制止される、つまり考えが浮かばず、堂々巡りして進まない、判断力が低下することを指します。

患者さんの訴えとしては、「読書が好きだったのに、最近本を読んでも頭に入ってこない」「仕事で同僚から何かを言われても、何を言われているのかわからない」「集中力が低下して、何も考えられない」「決断ができない」といったものが多くみられます。

悪化すると、うつ病性昏迷という事態に至ります。

 

・観念奔逸 flight of idea

躁うつ病で特徴的にみられる症状ですが、酩酊状態でもみられます。

これは、観念=考えが奔逸=奔走/逸脱するということで、考えが次から次へと浮かんで、思考に一貫性がなくなっている状態を指します。

そのときの思いつき、連想、その場の出来事などに思考が容易に影響され、思考の定義にもあった「一定の状態に達」することができなくなります。

話したいという強い欲求(談話心迫)も合わさり、多弁になります。

重度のレベルになると観念奔逸性錯乱 confusionとも呼ばれます。

 

・連合弛緩 loosening of association

統合失調症の根幹にかかわる症状です。

オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)という、統合失調症の前身である精神分裂病(ドイツ語:Schizophrenie、英語:Schizophrenia)という用語を生み出した精神科医は、その本質をこの連合弛緩に置きました。

連合とは思考の連合という意味で、「考えのまとまり」ということです。

それが弛緩している、つまり「考えがまとまっていない」ことを指しています。

患者さんの症状としては、”(患者さんの)話を全部聞くと一応何を言いたいのかわかるが、とてもわかりにくく、要領に欠ける”会話を指します。

 

・滅裂思考 incoherence of thought

連合弛緩が悪化したものです。

話のまとまりのなさが強くなり、話を理解しようと一生懸命聞いても、全く何を言いたいのかわからないレベルです。

関連性のない言葉が羅列されることを、言葉のサラダや言語新作といったりします。

 

・保続 perseveration

認知症などでみられやすい症状です。

その他、脳卒中など、特に前頭葉の機能異常で生じます。

1つの考え、言葉が繰り返し生じて、次に進まないものです。

例えば、リンゴを指して「リンゴ」と言うと、みやんやメロンを見ても「リンゴ」と言い続けてしまいます。

 

・迂遠 circumstantiality

認知症、てんかんなどでみられます。

話が回りくどく、理解するのに時間、手間を要します。

枝葉末節にこだわり1つ1つを細かく説明するので、いつまでたっても何を言いたいのかわかりにくい、といったことが生じます。

 

 

エリーの状態は、滅裂思考が該当すると思われます。

そう診断するだけであればある程度経験を積めば容易ですが、難しいのはここからどう通常の思考に引き戻すかです。

程度にもよりますが、滅裂思考がみられる際は患者さんが興奮していることが多く、「落ち着きましょう」などという普通の声かけでは全く変わらないことがあります。

患者さんの会話に神経を集中し、患者さんが真に訴えたいことを見極め、そこに手を差し伸べることでつながるようにはなるのですが、相応の経験値、技術、忍耐、時間が必要です。

シュヴィングは、それを「即座に」達成したというのですから、”魔法使いだったのだろうか?”とすら思ってしまいますが、それは彼女の卓越した能力、そして「陽性な関係(posivitive Beziehung)」(P 29より引用)を築く天性と愛の持ち主であったからでしょう。

 

(次回に続きます)